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サファリ・P

悪童日記』


作|アゴタ・クリストフ
脚色・演出|山口茜


文・川崎歩






悪童日記撮影:堀川高志

 原作を未読のまま、この舞台を鑑賞した。
 以下、原作を読むまでに思ったことをまず記す。
床に寝転ぶと身体を隠せる位の高さの机が、舞台上に5つあり、演出はその机をリノリウム上で様々に移動させて、シーンを転換させていくスタイル。
 様々な種類の音楽や効果音が常に鳴り響き、カラフルな照明による演出と、リズミカルなシーン展開からは「アニメ的」な印象を、また身体を床に滑らせたり舞台上をすり足で移動する身体動作からは、床を基本的な座標軸とする2次元の感覚が感じられた。
 例えば5つの机をさまざまに組み合わせて演者の移動経路にして、その人物の置かれた状況を説明したり、記号として5ピクセルのピクトグラフを表示したりする。十字架、五角形、地雷のイメージを物語の展開に合わせて形づくっていた。
 そのような2次元感覚から時折、3次元感覚のようなものがたちあがってくる。(もとより観客の側から床を意識した場合、方形は菱形となって知覚されるので既に床から3次元感覚の萌芽のようなものは感じれるのだが)
 強烈なのが、積み上げた机に5人の演者が死体のように積み上がり、ピンクの照明の下、鼓動音とともにピクッピクッと5人が揃って動く所だ。3次元の心臓を見立てていた。
 出演の高杉征司の発声と演技は確かな安定感があって、祖母、神父、警察の役を見事に演じ分けていた。
 松本成弘と達矢の2人は双子役で、ときおり舞台前後でシンクロした動きを見せたり、1人の背中にのって、壁を歩いたり、駆け回ったり、空間を意識的に「2次元」から「3次元」に変容させているように見えた。
 芦谷康介は撫肩の女性的な雰囲気をもった男性。机に囲まれた空間で頭や足を机に凭れかけて、重力に抵抗しないだらっとした身体が、なんとも危ういエロティックな雰囲気を発している。
 日置あつしは、物語の中盤で積み上げた机の上に両手両足を広げて、将校の危ういセリフを叫ぶ。「オシッコ、ひっかけろ!私の顔に!」そのセリフに至るまでの、(演者の)意識の積み上げの過程が立体的に見えた(積み上げた机の上で不安定に立っているからこそ見えた)。


 以降は、観劇後原作を読んでから思ったこと。
 双子は2人で物事を見つめお互いに添削しながら日記を書き、主観的な文体を避けて事実だけを日記に書くというルールを決めている。
 双子が記す文体を舞台化することにチャレンジしたのが今作だそうだが、演劇における事実とは何か、ということを問わなければならないだろう。それには、この舞台が、原作とどれほどの距離をとっているかを問わなければいけない。その距離に自覚的であるか。
 記憶はあいまいだが、劇の最初で演者達が「かれは男性です」という具合にそれぞれを定義づける場面があった。それによりある程度は原作から自立した場が出来ていたように思える。
 また、舞台における双子たちの目線はだれに設定されているのだろうか?事実を判断するのはだれか?前半部は演者の双子役がその目線を担っていたように思える。よって、我々観客は、事実を評価せずに済む。しかし後半に行くに従い、観客の方へその視点が移動するように演出されていた。
 最後の場面は完全に観客と双子の視点が重なったように思える(そして3次元化が完了する)。実の父親を利用して、封鎖されている国境を超えていく所を語るときに、舞台上の出演者たちはみな、机の下に隠れて姿を表さない。5つの机だけがするすると動き、ときに道を作り、ピクトグラムを作り、足音や爆発音の音響だけで、物語を語る。この場面に至るまでに、「2次元から3次元への移行」を様々に提示していたので、人物が不在だとしても、観客の脳内で、人物は奥行きをもって補完される。
 目線=視覚的には、事実を評価する双子と同一になっているので、これは「欺瞞」だ、事実ではない、と判断するのは、観客であることになる。机の下には、演者が隠れているじゃないか。照明と音響を使った演出で観客の視点を誘導しているだけではないか。だがそんなことは分かった上で、欺瞞=想像力を利用して、演劇を楽しんでいるのは、観客だ。よって、我々がこの舞台を欺瞞として『爆殺』するには、劇の途中で席を立って劇場から立ち去るしかない。つまり悪童日記の文体を舞台化するということは、観客には双子たちの文体とは真逆の立場を強いることではないか。そこから逃れるには、徹底的に事実を舞台上にのせるしかないし、原作からは徹底的に距離をとるしかない。しかしそうでない以上、舞台の最後の瞬間まで付き合った末に、双子達に爆殺されるのは、私達、観客である。


(2017年5月10日掲載)



悪童日記撮影:堀川高志

川崎歩
いろいろする人。活動領域は、頻度が多い順に、現在は【SE>子育て>ダンス>ワークショップ講師>現代美術>演出>映像】。

アトリエ劇研アソシエイトアーティスト|山口茜

サファリ・P『悪童日記』

作|アゴタ・クリストフ
脚色・演出|山口茜
出演|高杉征司、松本成弘、
日置あつし、芦谷康介、達矢




日程|
2017 年3月17日(金)〜 3月21日(火)


3月17日(金)19:30
3月18日(土)16:00
3月19日(日)16:00
3月20日(月・祝)16:00
3月21日(火)13:00

「私たちはヒトラーと、どう違うのか」

パリの文壇から敬遠され、一般読者から熱狂的に支持された、
アゴタ・クリストフの代表作、「悪童日記」。
最初に私が惹かれたのは「ストーリー」ではなくその「文体」でした。

感情を定義する言葉を避け、事実だけを忠実に描写した「文体」。
小説では、その「文体」の行き着いた先が、自分を愛してくれた人を爆殺する、という行為だったように感じました。

というわけで、今作品は「文体」の「舞台化」を目指しています。
果たして私たちはお客さんを、どこにお連れすることになるでしょうか。