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したため『文字移植』


原作:多和田葉子
演出・構成:和田ながら

文・綾門優季






したため したため#4『文字移植』撮影:前谷開


したため『文字移植』に出演する四名は特定の役割に縛られているわけではない。いや、もしかすると縛られているのかもしれないが、少なくとも誰かの役を最初から最後までずっと演じているとか、ナレーターを務めているとか、そのような一行で説明できる役割を背負わされているわけでは断じてない。彼ら、彼女らはたやすく発話する権利を与えられ、そして未練なく手放す。いや、手放すのではなく「権利を植え付ける」とでもいえばいいのだろうか。彼ら、彼女らは時に種であり、時に芽であり、時に百姓であった。目の前に広がる空間は言葉によって耕され、言葉を収穫する畑になった。それはまさに「文字移植」を行うのにうってつけの場所であった。「会話」でもなく「対話」でもない。「ひとりぜりふ」という呼称にも違和感を覚える。己の考えたことを口に出しているというふうにはみえない。では彼ら、彼女らはどのように言葉と向き合っているのだろうか。言葉の群れの生命を守ること。そのことを使命として与えられ、全員が一丸となってその命の火を決して絶やさないように、次から次へと新しい肉体へ移植し続けている、そのように見受けられるというのが個人的な見解である。言葉の通過する魅力的な筒として、四つの肉体はそこにあった。



したため したため#4『文字移植』撮影:前谷開
多和田葉子の戯曲の上演を観たこともある、多和田葉子の講演会で自身によって朗読された詩や小説をこの耳で聴いたこともある、しかし、したため「文字移植」はそのどれとも違う質感を備えていた。多和田葉子「文字移植」は、決して長い小説ではないにも関わらず、非常に厄介な構造を持つ物語だ。小説の合間に、主人公の翻訳している物語の一部が断片的に挟まれる。そのたびに小説は短いリセットをかけられたかのように、テーマや風景を移行させていく。その転換のせわしなさは、上演の形態にダイレクトに反映していた。そしてその転換の痕跡を霧消させることなく留めることに成功したのは、林葵衣の舞台美術の功績だったことは火を見るよりも明らかであった。ほとんど火そのものであった。真っ白な火が徐々に立ち昇っていくようにみえる、どんどん更新されていく独特の文様はしかし、本物の火ではない。「唇拓」である。彼ら、彼女らの前には透明な板が四つ並んでいて、定期的に白色の口紅を塗りたくり、急に喋るのをやめたかと思うと透明な板にキスをする。キスをした数だけ、透明な板にはくっきりと唇の跡が残っていく。「う」「あ」「え」「い」「お」。いや、すべての文字がもちろん「あ行」ではない、きっと「け」や「に」なども存在するのだろうが、唇の形に疎い観客の大半は、母音の積み重なりしか視覚的に認識することは出来ないが、それでも多和田葉子の文章の秘めている、音読した時に舌が滑っていくような韻律の快感が、このような形で視覚化されていくことに興奮せざるを得なかった。毎日違う形の唇が、そこには刻まれただろう。

特に印象に残っているシーンのひとつに、ゴミために誤って落ちる場面がある。果物の皮のぬめり具合、一斉に飛び立つ蝿、そのどれもが今まさに目の前で腐った臭気を放っているかのような迫真性を備えており、わたしは二度ほど吐きそうになった。そこまでのめり込んでしまったのは、開場からぶら下がっていた生のバナナを見つめ続けたせいかもしれないし、不快感を如実に伝えていた俳優の穐月萌の演技のおかげかもしれない。いずれにせよ、わたしはあれから一度も、バナナを口にしていないのだ。

(2016年8月22日掲載)

したため したため#4『文字移植』撮影:前谷開

綾門優季(あやと・ゆうき)
1991年生まれ、富山県出身。劇作家・演出家・青年団リンク キュイ主宰。青年団演出部。2013年、『止まらない子供たちが轢かれてゆく』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。2015年、『不眠普及』で第3回せんだい短編戯曲賞大賞を受賞。

アトリエ劇研創造サポートカンパニー|したため

したため#4『文字移植』

原作:多和田葉子
演出・構成:和田ながら
出演:穐月萌 岸本昌也
   菅一馬 多田香織(KAKUTA)


日程
2016 年6月10日(金) ~ 13日(月)
6月10日(金) 19:00
6月11日(土) 14:00/19:00
6月12日(日) 14:00/19:00
6月13日(月) 14:00


ある物語を翻訳するために訪れた島で、言語と言語のあわいで惑う"わたし"――
言葉はどのように「移植」できるのか、その「移植」をおこなう者の身体とは、どのような運動のさなかにあるのだろうか。
出演者の日々の生活のドキュメントから演劇をたちあげてきたしたためは、2016年、テキストと出会う旅をはじめました。初の2都市ツアー公演で臨むのは、ふたつの言語を往復しながら精力的に活動し、文芸賞の受賞も続く作家・多和田葉子の初期作『文字移植』(1993)。
言葉と身体が発火するところへ。