HOME > CRITIQUE > 2015CRITIQUE > CRITIQUE/田中遊/正直者の会

『戯式vol.5』京都芸術センター制作支援事業


俳優は今日も



文・筒井潤

 正直者の会『儀式vol.5』は、田中遊のワンマン・ショーである。私はワンマン・ショーというものを観た覚えがほとんどない。かろうじて記憶にあるのは、大学生のときに学園祭に来ていた若い女性アイドルのものである。内容は、ひとりで喋って、詩の朗読をして、司会者との対談、そして歌う。しかしあれは多分ワンマン・ショーとは称されていなかった。トーク・ショーとかそんなだったと思う。でも、ワンマン・ショーだった。『儀式vol.5』もそうだった。


 前説からしてすでに田中遊ひとりによるものだった。舞台上でうろうろしながら観客に語りかける。お笑いのライヴの前説のような、必要事項を伝えつつしっかりと練り上げられたネタになっているという類のものではない。彼は「緊張をほぐすため」と言って、その日の天気のことを気ままに喋ったりしている。そして大半の観客はそんな彼の様子を笑顔で迎えている。これだけで『儀式』シリーズは田中遊を愛せるかどうか、という作品であることがわかった。偶然この公演のチラシを手に入れて、社会に開かれている劇場という場所に足を運び、客席に腰を下ろした、田中遊のことを全く知らない人にとってはとてつもない難題である。開演前にいきなり田中遊という俳優を愛せるかどうかを判断せねばならないのだから。もちろん彼にとって高いハードルを彼自身で設定しているとも言える。開演前のほぼ素の状態の田中遊を、客が愛せなかったとしたら…。つまり、田中遊は上演内容に絶対的自信を持っているのである。もし前説の彼を愛せなかった観客がいたとしても、その絶望的な関係をひっくり返し、終演後には必ず愛してもらえる、という確信があるのだ。そして上演が始まる。録音された過去の自身の声(=過去の自分)との対話、詩の朗読と活字(の映像)のコラボレーション、歌、リアルタイムで録音した音声をループ再生できるアプリを使ったコントなど、とても工夫が凝らされた小作品が次々と披露されたが、やはりどれも田中遊への愛の有無が鑑賞のポイントとなっている。極めて巧みに、彼を愛せなかったら面白くないようにできている。


 上述のようなことを彼は5回もやっているのだろうか。過去の『儀式』は観ていないのでわからないが、ともかく現在彼は俳優としてだけでなく、劇作家、そして指導者として確固たる信用を得て、関西の小劇場になくてはならない存在となっている。そんな彼が観客に愛で問われる立場をあえて一旦引き受けて、俳優とはどんなに緻密な演出のもとで優れたパフォーマンスをしようとも、結局のところ生理的に愛されるかどうかだけの存在なのだということを社会に訴えているのだから、こんなに説得力のあることはない。彼のスニーカーは舞台上で彼が歩く度にネチネチという音を発していた。
 彼のその凝った演出について論じてもらいたいからアトリエ劇研は私に劇評を依頼したのかもしれない。しかし私は上演中にこのことばかり考えて観ていたので許してもらいたい。彼の覚悟は本当にすごい。
 私はいまだに大学生のときにどうして女性アイドルのショーを観たのか覚えていないし、出演していた彼女の名前もすっかり忘れてしまっている。実は有名になっていたりしてくれているといいのだが。



筒井潤
演出家、劇作家、俳優。公演芸術集団dracomのリーダー。2007年に京都芸術センター舞台芸術賞受賞。2014年よりセゾン文化財団セゾンフェロー。演劇を軸として国内外を問わず多様な活動を行っている。

田中遊/正直者の会

『戯式vol.5』京都芸術センター制作支援事業

作・演出:田中遊


出演
田中遊


ゲスト
豊原エス(詩人)
かんのとしこ(アコーディオン)




日程
2016年1月23日(土)~24日(日)


1月23日(土)19:30〜
1月24日(日)15:00〜



ラジカセ4台、俳優1人。
スピーカーから「過去の記録、時間」がセリフにBGMに環境音になって「今の舞台空間」に注ぎこまれ、男はそれを攪拌する。
(ぎしき)は、ほぼ一人舞台です。俳優1人、ラジカセ4台。
それぞれのスピーカーから「過去の記録、時間」がセリフにBGMに
環境音になって「今の舞台空間」に注ぎこまれ、男はそれを攪拌する…
<芝居?詩の朗読?ラップ???>
それぞれ個性的な田中遊一人作品とゲストコーナーを詰め合わせました。


4月
山下残『大行進、大行進』
アソシエイトアーティスト・ショーケースA

アソシエイトアーティスト・ショーケースB

5月
ドキドキぼーいず
田中遊/正直者の会
劇団しようよ

6月
キタモトマサヤ/遊劇体

7月

8月
西尾佳織/鳥公園
多田淳之介/東京デスロック
Hauptbahnhof

9月
木ノ下裕一/木下歌舞伎
はなもとゆか×マツキモエ

10月
したため
キタモトマサヤ/遊劇体

11月
桑折現
250Km圏内
努力クラブ

12月
あごうさとし
ブルーエゴナク

1月
田中遊
きたまり

2月
笑の内閣

3月
山口茜
笠井友仁
村川拓也
岩渕貞太