故郷を目指して海を渡る船のなか
暗がりで静かにいる女と
出会った
最下等の船室というのは窓も無く、分かりやすく言えば物置部屋だということだ。カビと潮の混じった臭いと、舞うホコリ。狭い部屋に何人も押し込められて息を殺してじっとしている。朝の深い霧のなか船は出発したはずだがよく分からなかった。窓の無い部屋にいては、汽笛とエンジンの音からそうに違いないと思うしかない。
そんなところから逃げだしたいと思ったある乗客は真っ暗な部屋を見つけた。入ってはいけないと言われたけれど、とにかくあの船室が嫌だったから。そこは静かな場所だった。ふと誰かいる気配がして、よく見れば女が一人いた。その部屋の静けさは彼女自身の静けさのようにも感じられた。
船は進んでいる。海の向こうにある故郷へ。
開館30周年を迎える京都の小劇場「アトリエ劇研」は、京都を拠点に活動する劇作家・田辺剛と演出家・山口茜の初めてのコラボレーションによる『舟歌は遠く離れて』をプロデュースします。この作品は2011年に当時『あの小舟ならもう出た』というタイトルで書かれ田辺自身によって演出されましたが、上演期間中に起きた東日本の大震災によって、その生と死の境界線が曖昧になっていくという作品世界はよりリアリティの強いものとして観客に受け止められ好評を得ました。
今回は田辺による寓意性の強い独特な劇世界を山口の演出がさらに奥行のあるものにします。劇団☆新感線の村木よし子をはじめとする実力派の俳優やダンサーの出演は、また別の化学反応を起こし、従来の田辺剛作品とも山口茜作品とも違う舞台空間をつくるでしょう。京都限定の貴重なステージにぜひご注目ください。