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岩渕貞太

『missing link』

振付・出演|岩渕貞太


文・川崎歩



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missing link撮影:前谷開


 岩渕は、日常の延長のように、舞台上にさらっと姿を表した。
 若干下を向き、頻繁に鼻を触りながら空間を歩き回る姿は、私自身もよくする行動なので、その時は何かを試そうと考えているときや、今この瞬間の舞台上で何かを発見しようとしている姿である、ということが伝わってくる。
 時々、肩をまわしたり上を向いたりする動作を起点にして、身体のエネルギーの経路を探るような一連の動作を繰り返す。そしてある時点(概ね、両手と頭頂部を床につける姿勢)でふっと素に戻り、舞台上を一通り歩きまわる。そしてまた何かを探索する、の繰り返しが続くのだが、醸し出す雰囲気は不思議と爽やかである。

 しかし、岩渕が探っていると思われる経路の確かな形が、私にはどうもよく見えてこなかった。単純な反復をあえて避けているからか、反復によって印象付けられるものが無いので、ただ何かを探っているという印象だけが残る。言い換えれば、何かを探っている岩渕の身体から「何を探っているのか」を、「探りながら」見ている、『私の身体がある』という事実、を【確認している】時間だった。
 だから『私の身体がある』場所も、私は【確認をしはじめる】。岩渕の身体と自分自身の身体、そして属する環境とが繋がる要素を発見しようとする。そう、ここは劇場だ。天井を見上げて、ほのかに光っている照明機材の並びをみる。壁を観察し、自分が座っている椅子と姿勢を【確認する】。劇場は適度に抽象的な空間で、椅子に座っている自分の姿勢のバリエーションも大きくは変わらない。故に、私自身と私が居るこの環境は、屋外のような情報量が豊富な場所と比べて、(大雑把だが)退屈と感じてしまう。
 そして再び、岩渕の身体を眺める。私の身体と環境を眺める。これを何回も繰り返す。その度に岩渕から感じるものも、次第に抽象度が高まっていき、何を眺めているかよくわからなくなっていく。提示された空間の中を何かが動いている、ただそれだけを認知するようになってくる。
 しかし途中で一度だけ、岩渕が「頭を切り落とされながらも気づかずに庭を歩き回る鶏」に強烈に見えた瞬間があった。それは素晴らしいダンスだった。抽象的な白いキャンバスにそのイメージだけが浮かび上がるような効果があった。


岩渕写真1.JPG ところが、中盤以降から様子ががらりと変わる。
 中島みゆきの代表曲「時代」が、両手、両足を地面につけて、頭頂部を床に向けた姿勢で唐突にアカペラで歌われ、その後、仰向けに姿勢を変えて、突っ張った四肢の(例えるならば土方巽の作品『静かな家』の公演記録写真で見られる、衰弱体の身体のような)動きに変わる。そしてセルジュ・ゲンズブールの「Je t'aime... moi non plus」の愛の歌とともに身悶えるかのように動きだす。
 その後、獣のように発声しながら、四つ足で舞台上をゆっくりと横切ると、立ち上がって雨の効果音の中でしばらく佇み舞台上から立ち去っていった。
 獣のような吠え声は、身体の構造に沿った動きによって、生み出されるべき「自然な発声」として表出されているように見えた。だが、背後にその行為を盛り上げるかのような女性の声の合唱曲が響くところが、前半部の流れと比較すると、音楽の力とともに観客の感情を上げていくクリシェ的な作為の構造を感じた。その合唱曲がもっている感情を煽る作用と、脱人間的な行為(獣)との累乗作用に乗せられて感情を揺さぶられないように、しっかりと批判的にみる行為を作者に問われていると思い、かつ前半部で「椅子に座っている退屈な自分の姿勢とその環境」と「舞台上の行為」との対比作業を行っていたから、私の感情は揺れなかった。

 身体の変化だけで考えてみれば前半は、床に落ちていく身体(岩渕のスタイル)、後半は逆に天を仰ぎ立ち上がれない身体(土方巽)から、獣のように四つん這いで発声しながら動く身体(室伏鴻?)という流れが見て取れた。そうすると前半部は、土方・室伏の地に向かう身体と、「何かを」繋ぐmissing linkとしての自分の踊り、を探求していたのかもしれない。
 その「何か」とは、抽象的に物事を捉えてしまいがちな昨今の「時代」感覚なのかもしれない、と今は思いつつも、正直そんな図式は観劇中には思い至らなくて、ただひたすら後半部に於いて、前半の自然な探求な流れ(のように見えるもの)とのギャップに非常に戸惑っていた。


457A9738.JPG 前半部の途中で、岩渕自身が身体(論?)について語るインタビューの音声が時折流れるのだが、その言葉の内容はあまりこちらの身体には入ってこなかった、が、そのインタビューが行われている場所の環境音が逆に凄く気になった。喫茶店のようなのだが、多数の人のしゃべり声と笑い声がかなりの音量で聞こえる。だが、音声はインタビューの意味のまとまりごとで編集されているので、その多人数の会話音の唐突な切れ方に私は違和感を覚えた。
 つまり『意図した前景』に重きをおくのではなくて『意図しない後景』(としての音)の連続にもっと丁寧にフォーカスを当てれば、前半部の身体と親和性があったのではないか。これは後半部に感じた違和感にもつながる。後半部においての音楽は、すべてが『意図した前景』として使われていて身体自身も『意図した前景』になって要素がぶつかり合っていたように思う。だから前半部の身体の流れ(『意図しない中景』)との差異が大きく、断絶を感じ、結果的に私は寄り添いたい舞台上の身体を見失ったようである。

 だが、前半部のようなイメージの一瞬の喚起力を観客自身から引き出す為の、抽象的で退屈な時間のキャンバスを広げていく作業であるならば、その試みに私はこれからも喜んでつきあおうと思う。もっともっとキャンパスを広げていけば、あと何回かは、前景でも後景でもない、中景(中庸)の内部からの、鮮やかなイメージの創出に出会えるかもしれないからだ。

(2017年5月10日掲載)

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missing link撮影:前谷開

川崎歩
いろいろする人。活動領域は、頻度が多い順に、現在は【SE>子育て>ダンス>ワークショップ講師>現代美術>演出>映像】。

アトリエ劇研アソシエイトアーティスト|岩渕貞太

岩渕貞太 『missing link』

振付・出演|岩渕貞太


日程
2016年9月17日(土)〜 9月19日(月)

9月17日(土) 19:30
9月18日(日) 14:00/18:00
9月19日(月) 14:00

ソロパフォーマンス公演。
2016年4月にアトリエ劇研で上演された実験シリーズ『UNTITLED』から要素を取り出しふくらませ創られる新作。
生物進化の中で発見されていなかった時期の化石を『missing link』という。
『missing link』をテーマに人間のからだに残っている進化の痕跡を探り想像し新たな人間像を模索する。

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