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笠井友仁/エイチエムピー・シアターカンパニー
〈日常図案Ⅰ〉『壁の中の鼠』

『壁の中の鼠と闘え』


作 |深津篤史
演出|笠井友仁

文・小谷彩智






〈日常図案Ⅰ〉『壁の中の鼠』撮影:松山隆行




 日常を題材にした作品を演劇で扱うとき、又はそれを見るとき、私たちは何かと闘わなければならないのだと思う。なぜなら、演劇はあなたの、私の、日常ではないからだ。舞台上に日常性を抽出しようとしたところで、それは舞台ならばどこまでいってもフィクションである。まずそこに目を向けなければならない。そのフィクションの表現の仕方に、表現者自身が限界まで現実味を、切実性を持とうとすることができてはじめて上演されるべき作品が生まれる。脚本でもいいし、演出でもいいし、誰か役者ひとりでも、なんならワンシーンだけでもいい。小道具でもいいし、吸い込まれるような一瞬の照明の変化でもいい。「そうせずにはおれない」「これ以外には無い方法」に辿り着きたい。なんとかこれを言葉に、色に、音に、声に、現実のものにしたい。でも、「舞台」は「現実」にはなり得ないから、自分だけの方法を編み出して、自分こそが表現したいのだ。

 あなたと私の「日常」は決して同じではない。隣の人が共感を得た部分で、あなたも感動するとは限らない。あなたが安心して見たシーンに、隣の人はたまらない不安感を覚えているかもしれない。ただ、皆、互いに何かを感じるものにするためには、演出は作品と、役者は戯曲と観客と時に演出と、観客は観せられる表現と、闘わないといけないのではないか。
 エイチエムピー・シアターカンパニー〈日常図案Ⅰ〉は、「モード」と「トラッド」に組み分けされ、深津篤史氏の「壁の中の鼠」を上演。一回の公演で2パターンが観られる。モード組は衣装も装置も照明も、白黒で統一され、人間らしさよりも日常に潜む空気の歪さを際立たせようとしていた。それにかわりトラッド組は観客に親近感を持たせるような衣装、散らかった部屋にこたつ、しゃべり方も自分たちに近づけたような軽さだ。

 こんな組み分けがされているが、はたしてどちらが「モード」で「トラッド」なのか。スタイルを変えて同じ戯曲を二度上演するからには、明らかな見どころの違いがあるはずで、それは確かに衣装や小道具や口調で差別化されてはいたが、根本的な「表現」として発信者側の、違いを見せつけるための切実な作業がされているとは思えなかった。「モード」「トラッド」と分けるからには、そしてそれを一度に上演するからには、外面的な部分だけでなく(たとえ発信者がそれだけではないと思ってやっていたとしても)観たあとに大多数が尾を引くような、説明のつかない感覚を見せつけ、共有させられたい。
 そしてこれを受けるわたしたちも、ただ、与えられたものを比較して楽しんでいるだけではいけない。もっと、戯曲に潜む、作者でさえも、演者でさえも見つけられなかった、「壁の中の鼠」を見つけださなければならないのではないだろうか。 


(2016年12月1日掲載)


〈日常図案Ⅰ〉『壁の中の鼠』撮影:松山隆行

小谷彩智
劇作家。近畿大学芸術学科演劇芸能専攻卒。大学では主に役者として演技について学ぶ。母校である鴨沂高校の校舎建替問題を題材に執筆した「S.」が2014年京都演劇フェスティバルで上演された。
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アトリエ劇研アソシエイトアーティスト|笠井友仁

エイチエムピー・シアターカンパニー<日常図案Ⅰ>
『壁の中の鼠』

作 |深津篤史
演出|笠井友仁


出演
トラッド組|森田祐利栄 杉江美生
モード組 |立川潤 中西柚貴




日程
2016 年10月7日(金)〜 10月11日(火)




10月7日(金)19:00
10月8日(土)14:15/18:45
10月9日(日)11:00/15:30
10月10日(月・祝)11:00/15:30
10月11日(火)14:15

― 女たちの密会 ―
エイチエムピー・シアターカンパニーがはじめる新シリーズ「日常図案」第1作目は、2014年に46才の若さで亡くなった深津篤史氏 の桃園会の旗揚げ作品。
実験的でリアリティを追求することで評価が高い演出・笠井友仁が、深津作品に描かれる日常に潜む人間の孤独とエロスの深層に迫ります。
また今回はモード組とトラッド組の連続上演で作品をお届けします。ぜひ、異なる演出の「壁の中の鼠」をお楽しみくださいませ。