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青年団リンク キュイ

『不眠普及』

脚本|綾門優季
演出|得地弘基

文・川崎歩



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青年団リンク キュイ『不眠普及』写真撮影:脇田友


 コーヒー豆は結構硬い。だから豆を手挽きしようとすると、力を入れてゴーリゴーリと挽き器のハンドルを回さなくてはいけない。挽き器自体も動かないように机にしっかりと押さえつけるべきだ。油断していると、割れた豆の破片が飛び出してきて顔にパチリと当たって痛い。

 微かな生活の気配がする。たとえば電車の音やコンロに火をつける音、そして少し洒落た感じの電子音も常に流れている、この部屋。どこかで聞いたような、、、様々な音が聞こえてくる部屋に集っている3人の女性。やがて眠れない1人の女の話が始まる。彼女の名前はAとしよう。Aはあまりにも眠れないので、数多くの男と夜な夜なセックスをする。それでもまだ眠れないので乱交パーティーにも参加する。Aとセックスした男たちはみんな性病に感染していくように、不眠になっていく。そしてAの職場の同僚、東雲(シノノメ)もまた、不眠になっているのに気がつく。たまたまAと同じ乱交パーティーにいた彼女は、この不眠の根本原因がAにあることに気が付き、驚愕する。まさに驚愕。ものすごい驚愕の表情をする。たぶん顎がカポッと外れている。だが、思う。これは面白い。東雲は、Aのもとに不眠になりたい男達を次々と派遣し性交をさせて、教団のようなカルトを作り出す。やがて違法な薬を投薬していた容疑で、教団の教祖的存在になった東雲は逮捕され、不眠人達は高い壁で世間と隔離される。だが、その壁を乗り越えてでも、不眠になるためにAに会いにくる男たちは後を絶たない。そして壁の内側で女王蟻のように不眠人を生み出しつづける決意をするAがいた。
 こんな話だった気がする。そして3人の役者はときにAになったり、東雲になったり、不眠の男になったりと頻繁に役柄を交代して演じていた。

青年団リンク キュイ『不眠普及』写真撮影:脇田友

20160707-025.jpg 舞台の奥には、風で揺らめく半透明の布で仕切られた空間がある。どこかのリゾート地のマッサージルームのような、胡散臭くも魅力的なその場所に役者達が入っていくと、照明によって作られた長い影が布に写り、微風でその影が美しく歪んだ。極度の寝不足の時に脳が勝手に見てしまう半分幻覚のような妄想が、現実に投影されてしまい驚きおののき「あれっ?」と見かえした瞬間にはもう消えてしまったときのような、、、安定したものはなにもない感じが心地良く、視覚のマッサージ室と呼びたい。
 この劇において、3人の役者達は最初から気怠げな、ぼんやりとした身のこなしでいる。ある女性はコーヒー豆を挽いて、コンロに火をつけ、コーヒーをドリップするというモチーフの動きを何回も何回も繰り返す。コーヒー豆は硬い。これは私の実感だ。だが彼女は胸の前で軽く軽く腕を回して、豆を挽いている。その仕草を見ていると、私の実感とのズレが生じてくる。そこから以下のことが推測できた。
 1. 私が知らないだけでコーヒー豆はフワリフワリと挽くことができる。
 2. コーヒー豆を挽く仕草ではなくて胸の前で腕を回す振付のダンスだった。
 3. コーヒー豆を挽くリアリティを感じていない精神の流れにある人の仕草をみている。
 私は、3を採用した。すると、劇空間自体と役者達に対して、ああ、この場所とこの人達は、今、半分微睡んでいる状態にいるのだな、と思った。半分夢の中だから、Aの話にもリアリティが感じられないのか、と。

 Aは、眠れないと思いながら、いつのまにか半分寝ていた夜の、現実と夢が混じった、あわいの意識の流れをただ語っていたのではないか?3人は何回も唐突に「あっ、!」と言いながら意識をなくして床に倒れ込んでいた。これは寝落ちしたということなのだろう。Aの、意識の混じり具合を様々なバリエーションで役者3人が変奏していた作品だったのだ。


青年団リンク キュイ『不眠普及』写真撮影:脇田友
20160707-017.jpg Aの話は、私にはリアリティが感じられない。(そもそも夜の時間がありあまったとして、何故、SEXをしまくるのかが理解できない。)だが、Aの行動や語りは、無意識の欲望や恐れと現実の記憶がミックスされたものであると考えることで、やっと私の腑に落ちた。そしてその無意識からは、現在の社会の欲望や不安が微風で絶えず変化する私たちの意識をスクリーンとして、歪んだ影のようにして垣間見ることが出来たのではないだろうか。
 ともあれ、観客としても半分睡眠状態に入りながら観た方が、作品における意識の変奏具合に、自分の無意識を混ぜることが出来てもっと発見が多くなり、さらに楽しめるのかもしれない。そのような時間芸術の楽しみ方が、もっと増えると嬉しい。半分眠りながら見た映画は、ときにいつまでも心に残ることがある。能のことは全然詳しくないが、この作品から夢幻能という言葉も浮かんだ。
 役者達は、終始気怠げな状態なのでこれが素なのかなとも思っていたが、そんなはずはなくて、ある瞬間にそれぞれが突然、鬼のように攻撃的な表情とテンションになることがあった。その演出と演技の段差により、私は役者の顔にそれぞれの「般若」を見てしまい、恐れおののいた、、、。

(2016年10月29日掲載)

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青年団リンク キュイ『不眠普及』写真撮影:脇田友

川崎歩
いろいろする人。
活動領域は、頻度が多い順に、現在は【SE>子育て>ダンス>ワークショップ講師>現代美術>演出>映像】。

劇場間提携プログラム|青年団リンク キュイ

『不眠普及』

脚本|綾門優季
演出|得地弘基


出演
『不眠普及』
坂倉花奈(青年団)
鶴田理紗(無隣館/白昼夢)
新田佑梨(無隣館/ホロロッカ)



『止まらない子供たちが轢かれてゆく』
石松太一(青年団)
串尾一輝(青年団)
坂倉花奈(青年団)
鶴田理紗(無隣館/白昼夢)
新田佑梨(無隣館/ホロロッカ)
コウダケンタロヲ(白昼夢) 


日程
2016 年7月7日(木) ~ 7月10日(日)

7月7日(木)  19:30『不眠普及』
7月8日(金)  19:30『不眠普及』
7月9日(土)  14:00『不眠普及』
       18:00『止まらない〜』
7月10日(日) 13:00『止まらない〜』

せんだい短編戯曲賞大賞受賞作、東京京都仙台三都市ツアー!

不眠症が性病として感染する世界で、変わってしまった日常をどのように幸福に生きられるのか葛藤を続ける『不眠普及』。
学級裁判で罪を犯した子供たちが次々に子供たちの手によって裁かれ、学校がとめどなく地獄へと近づいていく『止まらない子供たちが轢かれてゆく』。

青年団リンク キュイの問題作にして代表作、二作同時上演。

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