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遊劇体×泉鏡花オリジナル戯曲全作品上演シリーズ10
『鳥笛』『公孫樹下』

『鳥笛』『公孫樹下』劇評

作・泉鏡花|演出・キタモトマサヤ 『鳥笛』『公孫樹下』

文・佐伯順子






鏡花はどの明治作家よりも女が書けている――それを実感させる舞台であった。男性作家が幻想する女ではなく、生身の女たちの心情が、文字通りの女の<声>となって舞台に響く。大坂南地の人気芸妓から妾となったお珊、猿回しの多一、多一が言い交わしていた娘・美津の三角関係。三人の死という悲劇的結末の背後には、通俗的心中劇を超える女たちの救われぬ思いがあった。
演出家が述べるとおり、鏡花はお珊と多一の関係について明示してはいないが、台詞の随所に、多一とお珊の愛人関係、二人の仲についての美津の勘が示唆される。つまり、この戯曲は単純な純愛悲劇ではないのだが、現代よりも貧富の差が目にみえて激しく、男妾という用語もあった格差社会のなかで、大道芸人の身から奉公人にとりたててくれ、女性としての魅力にもあふれるお珊と、多一が関係をもつのは無理からぬ展開であり、前半と後半での多一の舞台衣装の変化、兄妹と偽っていた美津との恋仲が露呈した際の多一の狼狽ぶりは、演劇ならではの説得力をもつ。







美津の存在に気づかぬまま、お珊が鳥笛の縁によって多一と結ばれたのは皮肉な運命であるが、妾の身に甘んじる孤独なお珊にとって、おそらくは多一との逢引きが唯一の心身の癒しだったのであり、鷗外が『雁』で描ききれなかった性的主体としての妾の姿が、真実から目をそむけない鏡花の筆によって、純愛のひとつへと昇華する。 
とはいえ、それは美津にとっては信じていた多一の裏切りであり、餅売りの台詞まわしの場面ごとの変化が、彼女の側の絶望を巧みに伝える。『曽根崎心中』を連想させる、お珊の足元に多一がすがりすく場面も、ぬきさしならぬ複数関係にはまっていった多一のお珊へのわびと綯い交ぜになった欲望を、印象深く描き出す。
シンプルで象徴的な舞台装置、猿を人が演じる妙も、人と動物、人と化物の境界を取り払う鏡花世界の特色を発揮し、脇を固める役者たちの演技も、格差社会の底辺にいる男女を悲劇においやる人々の横暴を雄弁に伝えた。






「続き」と全集でも明記されるように、『鳥笛』と『公孫樹下』の内容は小説『南地心中』をベースにした一セットであり、休憩なしの一続きで上演したからこそ、物語の全体像が無理なく伝わってきた。東京の役者では不自然になりがちな関西弁の台詞も、京都の劇場、関西の劇団によってすんなりと耳と目になじむものに仕上がった。
著名ではあるが、わかりやすい純愛劇の型におとしこまれている『夜叉ヶ池』や『天守物語』に比して、より深い男女の愛憎のやるせなさを抉る二つの戯曲は、一般的な商業演劇にはのりにくかったのであろう。そこに新しい光をあてた小劇場的空間の挑戦性を大いに評価したい。







佐伯順子
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授。著書に『遊女の文化史』『「色」と「愛」の比較文化史』(サントリー学芸賞、山崎賞)『泉鏡花』『「女装と男装」の文化史』ほか。

遊劇体×泉鏡花オリジナル戯曲全作品上演シリーズ10

『鳥笛』『公孫樹下』

作:泉鏡花
演出:キタモトマサヤ
出演 
大熊ねこ 坂本正巳  村尾オサム 
鶴丸絵梨 久保田智美/
河東けい(関西芸術座)※声のみの出演
中田達幸 村山裕希(dracom)
高杉征司/
松本信一 石川佳奈 キタモトマサヤ


日程
2015年10月16日(金)〜20日(火)
16日(金) 19:00
17日(土) 14:00/19:00
18日(日) 14:00/19:00
19日(月) 19:00 
20日(火) 14:00



今回、二本立て上演となる『鳥笛』『公孫樹下』はともに、1912年に雑誌「新小説」に発表された小説『南地心中』を原作として、鏡花氏自らが脚色、戯曲化した作品です。
『南地心中』は鏡花氏としては珍しく大阪を舞台とした作品で、船場の大金持ちに落籍されたお珊と、四天王寺境内の猿回し芸人多一との、廓の練行列という衆人環視のなかでの奇態な無理心中を、蛇信仰の俗信と絡み合わせて描いた、耽美的で濃厚な小説です。
『南地心中』は脚色され舞台化されているとはいえ、鏡花氏自身による『鳥笛』『公孫樹下』は未上演のままのようです。今回の私たちの公演が初演となるだろうと思われます。
いつもどおり台詞の改変はいたしません。が、今回の上演に当たっては、原作小説の作品意図をたとえわずかでも反映させたいと考えています。そのため戯曲には不在の箇所を最低限、最小限の〈ことば〉で舞台上に載せてみたいと企んでいます。


4月
山下残『大行進、大行進』
アソシエイトアーティスト・ショーケースA

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5月
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6月
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7月

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9月
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10月
したため
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11月
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12月
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1月
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3月
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